3月11日は、
東日本大震災の被害を受けなかった我が家にとっても、
特別な日。

そう、
貫太が福島第一原発の事故によって、
飼い主を失い、シェルターに保護され、
縁あって我が家に来ることになった、
きっかけの日だから。
あの日、そして原発事故の後、
どこでどう飼い主さんと別れ別れになったか、
知る由もないけど、
この日を迎えると、
どうしても貫太の飼い主さんだった方に伝えたいことがあります。
ちょっと神経質で、遠慮気味の性格だけど、
柴男子としては案外イケメンだった(笑)、
推定1歳半から2歳くらいの、当時体重10kgほどだった、
あなたの犬は、

人が消えた福島の地で1ヶ月間生き延び、
J-Taz's アニマルシェルターで保護され、
7ヶ月後、そこでボランティアをしていた我が家に引き取られ、

以来、今日まで、
元気に過ごしてきました。

だから、
どうか、
「あの時置き去りにしてしまって、本当に申し訳ない。」
なんて自分を責めないでください、と。
貫太と同じように、新しい家族に引き取られ、
幸せに過ごしてきた犬や猫がたくさんいたってこともお伝えたい。

そして、
もし環境が整ったならば、
また、犬や猫たちとの笑顔溢れる日々を送っていただきたいと。
当時は大混乱の中、ネットを見る暇もなかったであろう、
貫太の元飼い主さんへ、
今だから、
届くといいな… 貫太の近況。
15歳になっても、毎日ボール遊びをしています。
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ありがとうございます♡

コメント
コメント一覧 (17)
温和で優しく、ちょっぴりドシにみえる貫太くん💕
しかしその人生は、波乱だったのでしょうね😍
様々な縁でMichyさん家の子になり、何人もの兄弟と出会い、そして私達のアイドルになりましたね😄
縁とは不思議なものですが、きっと赤い糸が繋がっていると、最近とても思います。
佑介にも、〝うちの子になる為に生まれてきたんだね〝と、よく伝えるようになりました😄
貫太くんの様子が、元の飼い主さんに伝わるといいですね😄これからも、元気でいてくださいね😊
Michy
が
しました
だめだ
これまでの、どの年の この日のメッセージよりも
胸に迫ってしまった
今日も、元気に、生きています
今日も、笑顔で、生きています
今日も、愛に、包まれています
どうか、どうか、どうか
届きますように
そしてご家族もまた、
元気で、笑顔で、愛に包まれてお過ごしでいらっしゃいますように
Michy
が
しました
今でも鮮明に覚えている大震災の恐怖、被災された方たちのお気持ちは14年経った今でも癒えることはない事を思うといたたまれません。
幾多の困難を乗り越え、今を元気で幸せに過ごせている貫太君のこと、ミッチーさん、パパさんのお気持ちは必ず元の飼い主さんに伝わっていると信じたいです。
こんなに明るく楽しそうに生き生きとボール遊びをしている貫太君を見て元気をもらってほしいな。私も願っています。
Michy
が
しました
あの日、買い物出ていてスーパーの駐車場で家内を待ちながら、車内で激しい揺れに遭遇した私でした。
周囲の家や電柱が激しく揺れ、家内の安全を確認するために車から出た時に両手に買い物袋を下げた家内が戻って、30分ほど車内で余震に耐えていました。
自宅の庭に繋いだままの柴男子ゴン太(11歳)が心配でしたが、1時間ほどして戻ると近所の方から「ゴンちゃんが大鳴きしていましたよ」と聞かされ、その日から怯えたゴン太は、室内犬に昇格しています。室内犬として約7年後に永眠したゴン太は、今我が家の柿木の根元に眠っています。
きなこ、ミキ、めぐと繋がった老犬介護は、今もめぐを通じて生きています。
貫太君が変わらない幸せな犬生を謳歌できるよう祈り、願っています。
Michy
が
しました
Michy
が
しました
赤い糸に導かれて、やってきたのですね。
可愛い❤️くて、凛々しく成長しました。
こころが、ほっこりです☺️
Michy
が
しました
そうですね
かんちゃんは、幸せね🌸
これからも
元気に
過ごそうね🌸
災害が一日でも起こりませんように
Michy
が
しました
14年経ってもこの日はいろいろな思いが
交錯します。
貫ちゃんもあの日から保護されるまで
不安な日々をどうやって過ごしていたのか
想像すると胸がキュンとなります。
力尽きて亡くなった動物たちの分まで
いっぱい幸せになった貫ちゃんのように
元飼い主さんもご無事でお元気で
過ごされているといいですね。
Michy
が
しました
明るくて、甘えん坊で、お父さんが大好きで、ボールに目がなくて、猛柴女が好きで、外だと初めてのおやつは食べられなくて、お散歩が大好きで、寝るときは独りが好きで、写真は好きじゃなくて、車はちょっと苦手で、抱っこは緊張しちゃう、日向ぼっこもお昼寝も好きな、そう、貫太とよく似てるとこがいっぱいある、可愛い若犬だ。
今日のこの日に。
あの時の貫太と、もしかしたら同じぐらいなのかもしれない若いれんが重なって。
このコを置いて行くことになってしまったら。
残った煉の姿を想像したら。
(単頭暮らしだったとは限らないんだもんね。他にも犬がいたかもしれないし、猫がいたかもしれないし、他の動物もいたかもしれないんだよね。煉と凛が仲良しだから、このふたりが離れてしまったら、と思うと。)
貫太のことが、これまで以上に、より具体的に、より生々しく、より現実的に思い描けて、(これまでだって一生懸命想像したけど1〜2歳のオス柴と暮らしたことがなかったから、想像の域を超えることができなかった)張り裂けそうだよ。
貫太。
君の痛みは、君にしか、わからない。
君の悲しみは、君にしか、わからない。
君の苦しみは、君にしか、わからない。
でも。
きみに歓びをあげたい、と、思う人がいる。
きみに温もりをあげたい、と
やすらぎをあげたい、と、思う人がいる。
君をしあわせにしてやりたい、そう思う人がいる。
しあわせに、幸せに、しあわせに、生きるんだよ。
ずっと、祈ってる。
Michy
が
しました
おはようございます。
あの震災から14年が経ちましたねぇ。
地震の日に生まれた犬猫がいたとしても、現在14歳。
シニア化が進んでいます。
貫太は震災当時の出来事や、不自由だったシェルター生活のことなんて
覚えているか疑わしく、日々のんびり過ごしていますが、家族同然の
ペットたちを残して緊急避難せざるを得なかった被災者の方々は、その後
再会を果たせなかった場合、ずっと後悔の念を抱き続けているかもしれません。
未曾有の原発事故でしたから、仕方がなかったとはいえ、大切なコらを置いて
家を離れる気持ち、すぐには戻れないと後で聞かされた時の心境を想像するだけで
胸が苦しくなります。
だからこそ、その後しっかり生き延び、幸せに暮らしてきた犬や猫たちが
たくさんいたことをお伝えしたい。
貫太は、元気で幸せに過ごしています。
Michy
が
しました
1ヶ月、頑張ってくれてありがとう。長生きしてね。
Michy
が
しました